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[zero]からはじまる・・・  広田修「zero」を読んで
audivistis?

疑問形で投げかけられる、何か問われている。なんだろうと調べてみたが、ラテン語であるらしいということ。キリスト教の聖典のなかにも置かれている単語であるということ。
あきらめかけたその時、そうだ車があった、と気が付いた。Audiだ。いそいそとaudiを調べる。ドイツ語で「知ってる」と出てきた。
「知ってる?」とか「聞いてる?」とか、たぶんそこらへんの意味なんだろう、と推測する。だけど、その言葉の意味がわかったとして、それが何を指しているかは経験を通してわかってくるのだと思う。
簡単に知ろうと思えば、今はネットという便利なツールがあるから、何秒とか何分とかの速さで、わからないことが文字を読めばわかってしまう。それはあくまでも文字の上でわかっただけで、ほんとうにわかるということが生きているあいだにあるとすれば、身に染みて、とか自分のこととして「わかる」ところにたどり着けばよいのだけれど。なかなかそういうわけにはいかないので、詩集を読むことにする。はじめてこの詩集を読んだ時から、4か月が経っている。

「zoro」
これは詩集のタイトルです。この詩集を手にしたとき、なんだろうなぁ、すごくうれしかったことを覚えています。白地の表紙に、薄い紺色のアルファベットがあるところには見えてあるところには消えて、ほかのものは点々と規則的に並んでいるような感じを受ける。読めない文字。表紙を、私はそう読む。
広田さんは若い人、哲学、法学を学んでいる人。
私はそのどれも持っていない。哲学は少し興味がある程度。
自分が持っていない言葉の領域で書かれる、どちらかというと感情を排したような印象を受ける詩に惹かれた。
詩集を手にしたときの嬉しさを今思い返してみると、ほんとうに「zero」からはじまるのだ、そのはじまりを読むことができることを、強い波動で受け取ったようです。

しかし、しかしです。何度か読んでも、感想の糸口は見つからず。最近ではちらちらと一行、一語を読みながら、ぼんやりとしていることが多くなりました。いえ、全然なかったのではなく、ぼんやりとした幻想のなかで、私が見ていたのは冷蔵庫でした。

今の家に引っ越しが決まり、いろんなものを片づけていくなかで、もう使わないものは思い切って捨てて、まだ使えそうなものは誰かいる人にあげたりしていた。最後に残ったのが、冷蔵庫。グレーの全身、夜に青いイオンランプが灯る。

『時間は円をめぐる歩行者のようで、はてのない夢境にて死を装い続ける。驟雨にぬれた林
 の小道で、あざやかな多面体をステッキで描く。数々の速度がきざまれた年の舗石の上で、
 マッチの火をともす。視界をおおい始める煙雪に足をとめて、黄道へとのぼっていく。
 彼の親指の空洞には夕暮れの空がひろがっていて、ガラスでできた小部屋で少年が恋文を
 書いている。時間には足音がない。』

 「機械」の書き出しの部分から引用。

引っ越しが決まるまで、その冷蔵庫に特別な感情はなかったのだけど、引っ越しが決まり、毎日のように夜が来てしまうことに驚いていた。一日一日が過ぎていく。誰も止められない。夜が来るたびにランプが、何か言いたそうに青く光っている。

そういうことだったのか、と、冷蔵庫に対してわかるはずもないのに、この「機械」を読んでいて、冷蔵庫の思っていたことがもしかしたらこんな感じだったのかもしれないと思う。それほど、ひとつのタイトルに対して、ひとつの言葉に関して、静かな推敲がなされている詩だと思う。

広田さんの詩の基底を担う「法学」という詩。

『 第一章  権利
 
 君をみたす酸素分子はさだめられた方向を見失うとき、霧となる。池のおもてで朝日が
砕かれていくのを、君は燃える指でなぞる。どこまでが記憶なのだろうかと、問うことも
しない。背後にあいた小さな穴へと、君の体は奪われてゆきそうだ。

(略)

  第二章  失踪宣言

(略)
  
  彼の言葉のない夢の中で、塔は完成した。それは海に浮かぶ街の中心で、人々の視線
 をはね返していた。

(略)

  第三章  債務不履行

(略)

   僕は空におびただしい数の死んだ卵を見る。幻覚は水のように僕の感情をみたしてゆく
  ので、現実という水は希釈され失われてしまった。僕には手の甲で日差しをさえぎること
  しかできない。

言葉の意味を知ろうとしたとき、辞書にある言葉を読めばいい。だけど、その言葉を実際に使うときの自分の状態を示すものを私たちは教えらてこなかった。「ありがとう」と言うとき、「さようなら」と言うとき、私は私にしかわからない言葉の拠り所を自分のなかに置いていく。広田さんの詩の言葉は、その言葉を使うときの姿勢みたいなものを指してくれている。だから、法学を知らない私でも、読んだときなるほどと思える。

「忘れられた本」や「桃の実」などの行分け詩では、また違った印象の詩を読むことができる。広田さんにかなり近い、等身大の言葉があざやか。

『桃の実』

桃の実は人を裁くという
僕が試験に落ちたとき
確かに桃の実はわらっていた


後半の詩群は、ほとんどが散文詩。「処刑」「卵」「夜」「眼」。
どれも少しずつ物語が広がっていくような感じがする。
個人の生である広田さんと、詩のなかでの物語が、つながっていく感じがしておもしろい。

私はたぶんこれからもずっと冷蔵庫のことを思い出すだろう。
思い出すたびに、この詩集を読むと思う。
冷蔵庫とは一度も話せなかったけれど
詩を読んでいると、冷蔵庫と話している気がするからだ。
 




 
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