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春を答えるときは
「正式に受理しましょう」
と、ブライアンさんは言った。
あたしの蜜柑の皮むきについてである。

ブライアンさんは世界皮むき境界の会長で、名誉会員でもある。
(きょうかい、が協会じゃないところがかっこいい)
ブライアンさんと会うのは今日は2回目。
(一回目は「皮をむきます」という話をした)
深く吸った煙草をもみ消すと、ブライアンさんは一匹の鴨を抱えて現れた。ここにサインして。
鴨の抜けかけた白い羽を、抜き取り空中にかざした。
羽は軽やかに宙を走った。
あなたの功績を認めます。
そう動いたのだとブライアンさんは言った。
ここにね、あなたのサインを。
ふわりと向けられた羽は、まだ飛んでいるように見えた。
あたしはしばらく羽を眺めた。
存在の前に、軽くしなやかなつなぎ目があるかどうか探してみたいと思った。ブライアンさんの手は肉厚で指も太くたくましい。白く細い羽はどうしたって部屋のなかのものとしか思えなかった。机の上のランプ、黒電話の横のメモ帳、ブラウンのジャケット、窓から見える階段でさえ、今は部屋の中のものだった。あたしはここで生れるのかもしれない。窓から差し込む太陽や室内シューズや掛け時計の秒針と同じ速度で。白い羽と同じ角度で。

あたしはあたしの名前を描いた。

影が濃くなって、それから薄くなった。



冬休みのあいだじゅう、あたしは蜜柑の皮をむいた。
果物という果物のすべての皮をむくみたいに、あたしは素手で蜜柑の皮に挑んだ。あたしのパパとママと兄さんと姉さんとふたつ違いの弟のぶんまで蜜柑を剥いだ。みんな手足が黄色くなって、最後はあたしの胃にかかっていた。
蜜柑の皮をむくということは最終的にあたしの身体に託された使命だった。
あたしの5本の指からにおい立つ柑橘の浜辺は、いつしかあたし自身となり、隣でくつろぐジョウビタキの丸い目に夕日を見たこともある。
ジョウビタキはいつも長い矢を持っていて、それを使って滝を射るのだと言っていた。まつげの長いインコはさみしがりやで、何日もあたしのそばにいた。指からこぼれるオレンジ色の果汁をほんのちょっと飲むだけで、あとは知らんふりで眠っていた。さみしがりやと言ったけど、それはインコが言ったからあたしもそう受け取ったからで、ほんとうにさみしがりやかどうかは短い冬休みのあいだではわからない。
ほんとうはジョウビタキの目に映った夕日の方がさみしがりやかもしれないと思うけど、ほんとのことは言葉にしてもあらわれてこないことのほうが多いから。あたしはまた蜜柑の皮をむく。


「今度、あなたを夕食に招待します」
ブライアンさんはひげをなでながら、あたしのほうを見た。


| 春を答えるときは | 22:45 | comments(2) | - | pookmark |

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