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裏道

雪が降る寒い一週間が過ぎたあと、ぼんやりとした曇りの日が続いた。
時おり、雨の一日があって、ゆっくり春に滲んでいくような日々。
仕事での大きなイベントが終わって、一息ついている。

庭の写真を撮ろうと意気込んでカメラを手にしたが、今の季節に花はなく曇り空。
なんとも地味な色合いになってしまった。
梅の枝の端までびっしりとつぼみが膨らんでいた。
木蓮もかわいらしい灰色のふわふわを覗かせている。
庭を撮るついでに、家の裏側に回ってみる。
裏側から見る風景は、いつも表側から見ている風景とは全く違うものだった。
建物の壁と屋根の形がはっきりと見て取れる。
窓の位置や大きさが違う。
色合いから明るさまで、別の建物のように感じた。

家の近くのバス停をひとつ手前で降りたりするんよ。
ほんの20円くらいだけど安いし、運動になるからね。
母はリハビリに通っていた。
昨年、手首を骨折したのだ。
複雑骨折だったので、手首の位置を確かなものにするため金具を添える手術となった。
手術はうまくいったのだが、その夜、麻酔が切れてから吐き気が続いた。
苦しくてもう死ぬのかと思ったと母はそのときを思い出して身が震える。
医者が到着したのは夜が明けてからだった。

あの苦しさを思えば、今はこうして家で暮らせているし、バスでリハビリに通うのはなんてことないよ。
医者や看護婦、リハビリの先生に感謝している。

母が病院から帰る道。それは生活する我が家へと帰る道。
そこに家があり、家族がある。
楽しみも苦しみもともにある場所だ。
しかし、残念なことに父がいない。

坂道を降りて平地を歩いて行くと、家の屋根が見えてくるの。
あ、見えてきた、と思ってね。
歩くほどに、どんどん見えてくるんだけど、その時はっと気がついてしまう。
お父さんがいないんだって。
あそこで待っててくれたらどんなにか嬉しいんだけどね。

父の葬儀で涙を流さなかった母。その後2年のあいだ、私は母の涙を見たことはない。
涙が出ない人間なのよ。自分でそう言って笑う。
母が薄情でないことは私が知っている。
父の心臓の手術で広島の病院につきそった。膵臓を患った時は毎日介護に明け暮れていた。父のいないあいだ、庭の草取りや梅の消毒、なにもかも自分でやろうとしていた。自分が行動することには、それが誰かのためであろうとなかろうと、愚痴を漏らさない人だ。

そんな母が、我が家を後ろ側から見た時に涙が出たと言う。
普段、表側から出入りしているときには静かにしていた感情が、後ろ側を見た時に一気にあふれたのだろう。父とつながる裏道がそこにはあったかもしれない。

| 父の庭 | 15:25 | comments(0) | - | pookmark |
再会

図書館の片隅で父と再会した。
父が若いころに携わったという詩誌をひらいた。

「詩歴」。
1954年6月
表紙の真ん中、小さい枠で囲った絵。素朴な手書きで、海と山と空とそれから夕日のような風景画。全体に薄いオレンジで色付けされている。同人は12名。父の作品も収められていた。

刊行は1955年6月のNO.8まで。
市の図書館にはNO.1.2.4.8が閲覧できる。
同人はNO.8には14名。
その中に、のちに詩集を出版するなどして知られる方も幾人かおられる。

文字は手書き。
ガリ版刷りだと聞いた。
閲覧したのはその元になる詩誌のコピーだった。
手触りこそ違うものの、コピーの上からたどる文字の形や色合いのなかに時の流れが染み込んでいる。懐かしい。そんな気持ちがした。

父が書いたということも懐かしさを引き寄せる一因だったが、もうひとつ、思い浮かぶものがあった。私個人とは全く別の人が、言葉を前にし言葉に悩み言葉を記していく、その思い。深く沈んでいる水底の泥のようなものをかき混ぜている動作が自分の指先にも染み込んでいる。そんな感覚にとらわれていた。

図書館の片隅で、懐かしく震えるようなその感覚が、誰かにわかってしまわないかと、時々わけもなく顔をあげて周囲の様子を確かめたりした。

そう思っている今、この時も確実に流れているんだなと、沈黙に揺れている机の上に手のひらをぐっと押しつけた。

晩夏とはいえ、まだ暑さに囲まれ熱を発している図書館の内部は、そこにいればいるほど冷えてくる。再会のドアが明け放たれたまま、ゆるやかな風にきしんだ音をたてる。



音は何かの訪れなのだろうと思う。
そのときはまだわからない何かだったが、少し時間があくと引き寄せられるものがある。
音、いろいろな事象が生みだすもの、雷やタイヤの摩擦音、楽器、声。
声、で思うのは昨日ustreamで見た伊藤比呂美さんの声。
熊本の学園ライブ「古典とわたし−古典の何がおもしろいか」。ゲストに沓掛良彦(東京外国語大学名誉教授)さんを迎えてのトークショーだった。
http://www.ustream.tv/channel/hiromi-ito
ほんとうは、もっと気になったのが伊藤さんのふくよかな胸の谷間だったのだけど、そこに、女性詩人(妊娠、出産、育児と正面からぶつかった言葉の格闘が本になっている)という名称があるのかなと思ったり。でも、それは伊藤さん全身のことではないので、胸の話はここまで。

紫式部文学賞、萩原朔太郎賞ダブル受賞となった 「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起 」にも、その、声を聞いた、という文章が出てくるのだという。話を聞いていると、おそらく、伊藤さんが読んできた(体験してきた)古典との接点から生まれてきたようです。

遠くでも近くでもない声(音)が、聞こえてきたのは、もうひとつ、「ウルトラ」という詩誌からだった。福島県の和合さんが主体となり発刊されている詩誌で、14号。吉岡実の特集を組んでいる。吉岡実の詩を読む試みとして、高塚謙太郎さんが取り上げたのはリルケだった。

リルケは父の本棚にもあった。

父の本棚のことを書こうと思ってはいたのだが、どこからどんなふうに取りかかればいいかわからなかった。詩史を詳しく知っているのもなかった。ともかくも音がしたことだけは確かで、私はこの小さな音を聞き逃さないようにつなげていこうと思った。

(後半部分の筆記は9月11日)

| 父の庭 | 13:23 | comments(0) | - | pookmark |
父と庭と詩

ゆうべから降り続いた雨は、丹念に庭を潤す。
知っていること知らないこともあばかれて、白日のなかに葉をさらしている。
その葉の茂り方といったら、あらゆる隙間に手を伸ばす感じで、負も正も分けたりしない。
生命力なら、今のわたしのほうがはるかに劣っている。

毎日の生活に追われているときに、ふっと郵便受けに封書やはがきが届く。
遠くに暮らしている人の手作りの詩誌や葉書。
直筆のお手紙。
暑さを帯びた台所の一人分の椅子に腰かけて、丁寧に文字を拾って読む。
一人で書いてきたと思っていた詩、だったけど、いろんな人とのつながりができていた。

長崎の水無月さん主宰「旋律」に書かせていただいた詩は、私が投稿をやめたあとはじめて書いた詩。投稿という宝箱のふたをそっと閉めてから歩き出した、最初の作品になる。

現代詩手帖賞を受賞された榎本櫻湖さんが発刊されている「おもちゃ箱の午後」に参加させていただいた。彼女の詩への思い、あふれる言葉の喜びに、とても感謝している。

光富さん編集の「狼+」へは、先日原稿を送った。ツイッターで発表していた短歌と、それに付随する短い詩。
少し早いですが、そのなかの一首を紹介します。



☆空耳をなくしてからは雨ばかり聞いていました 記憶の底で


 降りだした雨の足首をそっとつかむ。つめたくて細い。
 ぎゅっと握りしめたらつぶしてしまいそうで、つかんだ手を少しゆるめる。
 その隙をついて走り出した雨を追いかけた。
 交差点に続く川に架かる橋を渡ると、ちらちら海が見え始めた。
 雨はそこで走るのを止め、白くちいさな雪に変わった。



こんな感じで12首。
発行は秋。定価600〜800円の予定です。

光冨さんのサイト「光冨いくやの詩のサイト」はこちら poetry site M




投稿を止めてから新たに詩と向き合うようになるなかで、思うのは父のことでした。
父の本棚に詩の本は多くはなかったけれど、詩集や詩についての論評が何冊かあった。
島根県の県民文化祭などで、父の投稿作品が印刷された冊子を読んだこともある。
その頃、父と同じくらいの賞を取りたいと、漠然と思っていた。
佳作に選ばれたようなときには褒めるどころか「まだまだじゃのぉ」と余裕の笑み。
銅賞とかだと、待ってましたと言わんばかりに「どうしようもないでしょう」というおやじギャグを一発。そんなことが何度か重なると、なんだか父にこの決め台詞を言わせるために賞をもらっているような気持ちになった。
それ以上の欲もなく、30代を過ぎてから広島での受賞、島根での受賞。そのとき父がなんて言ったか、よく覚えていない。でも、自分の気持ちではっきりしていたのは、父と同じ線上に並んだとか、父を越えたとは全く思っていなかったこと。それは今でも心のなかにある思い。その思いがあるあいだは詩を書いていくのかもしれない。

父は平成になってから大病を患い、大好きだった陶芸もしなくなったし、好きな本も読まなくなっていた。庭の手入れをするのが楽しみであり苦しみであるような毎日を過ごしていた。父に「この本はどうかな。頼んでくれないか」と頼まれることが時々あった。父に本を買うように頼まれること。それは娘の私にとってとても嬉しいこと。責任を感じることでもある。私が本を勧めることもあったが、父の厳しいチェックを通過するまで安心はできなかった。本木さんの映画で脚光を浴びた「納棺夫日記」はチェックを通過し、いい本だったと感想も聞くことができた。

つい先日、暮らしている町の募集で詩を応募した。その関連で県内の詩の情報を調べていて、とある方のブログを見てびっくりしてした。若いころの父、昭和20〜30年、20代だった父が思いを同じくした仲間と創刊した詩誌があるという。父の本棚にあったような気がする。古い紙質の表紙を見たような気がする。
3.4年前くらいだったか、本を整理するからと本棚にあった本を半分くらい積み上げて、いくつもの束に分けてひもで結わえていた。私が読みたいものがあるかもしれないから捨てるのは待ってねと言ったのに、父はあっさり捨ててしまった。あのとき、父は自分が創刊に携わった詩誌を束ねてしまったのだろうか。私の目には触れることがなかった父と詩との戦いを今見たいと強く思う。

雨が止んで蝉が鳴き始めた。
雨にぬれた木々に蝉が留まる。
夏と秋が入り混じる町。
雑然とした思いや感情、過去と現在が入り混じった庭が、ただ忽然とある。




 

        

| 父の庭 | 10:28 | comments(4) | - | pookmark |
仰ぐ

義父に頼まれ、コインランドリーに行った。
大きな川岸を少し下ったところに砂利のままの駐車場がある。
休日の朝10時過ぎ。早いのか、まだ誰の姿もない。

ドラムの洗濯機が5台、乾燥機が7台ほど。奥にテーブルがひとつと丸椅子がいくつか。
テーブルの上には、乾燥済みのタオルがカゴに入って置かれていた。

家を出る時ふと見たポストに、詩誌「サクラコいずビューティフルと愉快な仲間たち」が届いていて、嬉しくて持ってきていた。

100円玉3個からんと入れる。ぐあんと乾燥機が回りだす。ドラムの丸い窓に時々洗濯ものが見える。白っぽいくらげが何匹か態勢を変えながらこちらを覗く。見せびらかすように、封筒から詩誌を取りだす。青いビニールの袋がさらっと出てきた。青に透けて表紙のイラストが水中みたいに揺れる。テープをはがしてすくい取ると、あ、かわいい。傘を持った女の子……。
裏表紙もとてもかわいいのですが、この話はここまでにして。

からんからん。ドラムの金属と布の出会う音だけが響くコインランドリー。天井を仰ぐと片隅に防犯カメラを発見した。突然のことで驚く。いつか誰かが見るのだろうか。休日の朝、コインランドリーに来たおばさんが鞄から何やら本を取り出して嬉しそうに読んでいるところを。ま、ないだろうけどね。

30分で乾燥は終わった。洗濯ものはふわっふわになってた。午後は梅の木の消毒ができそうだと思った。すごく晴れているのではないけど、適当に曇っていた。

梅の木の消毒は2度目。
1度目のあと、のびのびと葉が伸びたが、先のほうにまだ虫がいるようで、葉っぱが縮れているところもあった。

そういえば、しょうがの葉はどうなったと母に聞くと、しょうが?と聞きなおされた。しょうがじゃなかったの。しょうがじゃないわよ、みょうが。みょうがって茗荷。しょうがと勘違いされても茗荷は茗荷。葉の幅が広くなって、ちょっとだけ背が伸びていました。

さて、消毒は霧で出てくるので、風向きによっては全部自分にかかってくる。ひさし多めの麦藁帽子かぶっててもそんなのはへっちゃらなんである。常に、風上へと移動する。梅の木は背が高い。てっぺんまではとても無理だ。風の流れに沿って、噴霧器の先端の方向を変えては、高く飛ぶようにしてみる。自然に上を見る姿勢になる。葉の裏側や枝の形に目がとまる。
普段は見ないところを見ることで目線が変わるんだなと思う。

父の書斎から本をいくつか読み流す。
森鴎外や魯迅など小説の本も置いてあるが、歴史や哲学・宗教の本もある。数は少ないが、詩集も。中野重治、村野四郎、宮澤賢治などがある。右端の一番上。背伸びしないと届かない。またも上を見る。見上げるのは近さなんだと気づく。遠くの空を見るのは見上げなくてもよい。より近い場所で上を見る時、その時の首の伸びていく感触、顔全体が無防備に空にさらされている。何が見えても、それは自分が受け取るべきもの。本を開く。


写真は、消毒を終えた梅の木  http://twitpic.com/57d4jg

と、途中で見つけた陶器の河童   http://twitpic.com/57d37t 

| 父の庭 | 19:02 | comments(0) | - | pookmark |
緑陰草書

もさもさしてる、と思う。
雨の多い一週間を過ぎて見ると、庭はどこもかしこも、もさもさと重なり合ってうごめいている。
梅の木は伸ばした葉を下へ下へ重ねている。
花の終わった躑躅は空中へ葉を浮かし、飛び立っていく羽を思わせる。
木蓮はもう塊みたいになって大きな葉が幹を覆うようについている。

隣の畑ではじゃがいもが濃い緑の葉を茂らせているし、トマトの苗も精いっぱい背伸びして黄色い花を咲かせた。じゃがいもの花は白く、中心が黄色い。トマトはミニチュアの百合の花みたいに、くるんと先を外側にそらせている。花の近くにほんの小さいトマトの実があった。葉っぱと同じきみどり色。

遠くの山々も緑の葉をこんもりと広げていて、5月の「みどりの日」というのもなるほどなと思う。

寒い寒いと思いながら過ごした4月を思うと、すっかり過ごしやすくなった。先日は夏日といわれるほど気温があがり、梅雨を思わせる湿気も取り巻いていた。

もさもさ。もわもわ。

はっきりと物を言う人と人のあいだで、ぼんやりと、その人がほんとうに言いたいことを考えている。たくさんの言葉の中で、何が一番言いたかったのか。言いたかったことの本心にある気持ちのことを考えている。

視界をさえぎる緑の葉群に倒れそうになっては、そうか、下から見上げたほうが内側がよく見えるなんて、ぼそり、ぼそり、思っていることも、もさもさ、もわもわ。

ほんとうにあったことのほうが夢のように思えてくる。
夢のような現実を前に、ともかくも、ひとつひとつ自分たちなりに答を見つけ出す。

正しいとか間違っているとか、そういうことではないと、電話口で諭された。正しさを主張しすぎていることに自分は気が付かなくても気が付いてくれる人がいることが頼もしい。探りながら道は進んでいく。時々は、地を踏んでいる足元を見て、いたいた、と他人事のように自分を意識する。みどりいっぱいの景色の向こう、視界に遮られたその先を、意識しようとしてみる。
色でもなく、形でもなく、私でもなく。
ぼんやりとした、道の先のような。

| 父の庭 | 16:42 | comments(0) | - | pookmark |
門をくぐる

5月も半ばを過ぎた。
半袖を着るのはまだ億劫で、こわごわ長袖をまくりあげている。
ジャンバーやカーディガンは収めたものの、パーカーはいつでも持ち出せるように身近に置いてある。

暑さが増してきた日中の色合いは、どこも緑やきみどりに輝いていてまぶしい。
目の中に反射する光を見ながら、ぼんやりと夏が来ることを思っている。

いつの間にか、庭はすっかり葉で覆われていた。家が見えないほど、梅の木や松が伸びている。
数日ごとに降って来る雨は心配性の友達のように、何度も庭を訪れて苔や木の顔色をうかがっている。心配するほうは勢いで大雨になったりするのだけれど、心配される庭のほうは案外けろりとして伸び続けている。

一年のこの時期、庭は花が咲いたり枯れたり、新芽が出たり、何もかもがいっしょくたになって、見ているこちらを圧倒する。風が吹けばごうごうと鳴り、翌日には静まり返っている。

今日は母が「しょうがの芽が出た」と嬉しそうに言っていた。
どこ?と聞くと、ほらあそこ、塀のところに、と外を指さす。
細長い葉が根元からくるっと広がっている。薄いきみどり色が10僂らい。

http://twitpic.com/50yl34

ウコンと似てる。即座に思った。
ウコンとショウガ、どう違うんだろうとも思った。


植物の分類は

界、門、網、目、科、属、種。7つの分類を透過して名前に至る。

日本国、〇〇地方、〇〇県、〇〇市、〇〇町、苗字、名前。
小学校の頃、こんな言い方が流行っていたっけ。

ヒト、は分類するときに、界、門、の次に亜門というのが入る。
何度も濾過された純粋な溶液のようなものを思い浮かべる。
貴重なショウガ、貴重なウコン、貴重なヒト。
たくましさやはかなさや、いろんなものがぎゅうっと凝縮された生き物、植物。
普段使っている食器や、糸が切れてはずれてしまったボタンも、こんなふうに分類されると、とたんに失くしてしまったボタンのゆくえが気になって来る。

ウコンはショウガ科でありながら、属はウコン、種もウコン。
どこがどう違うんだろう。
最初の話に戻る。

雨が降ってお天気になって、ショウガの葉が育っていくのを楽しみに観察しようと思う。
気にかかっていることは、それを見た私に違いがわかるのか、ということ。
属、種、のあたりはおおざっぱな私には見分けがつかないかもしれない。
門だって、わかっているかどうか怪しい。

| 父の庭 | 21:15 | comments(0) | - | pookmark |
庭について

小学校の頃、庭はなかった。
板を打ち付けた広い縁側のすぐ目の前に、松の木があった。
松の木の向こうに少しばかりの畑があり、畑と松の木のあいだに小道が通っていた。
道路は道路、建物は建物と、仕切ってあることが多い今の住宅事情とは、趣が違っていたのである。
庭なのか小道なのか、人の家の敷地を通って、道を抜けたり近道をしたりしたものだ。

今、庭は石垣に囲まれている。そのなかを無断で通るのは、鳥や虫、近所の猫くらい。
勿論、父と母も。
両親が誰かにお断りをして庭にはいるのではなかったけれど、庭仕事をしたり庭を眺めたりしているとき、自分のものという所有を越えた存在に私の眼には映ることがあった。父が作ったものには違いないが、庭は、作った当初よりも姿形を変えていく。人の手を借りるだけではない。庭は自由に育っていくものでもある。人が立ち、庭が立ち、ふたつのあいだを行き交う信頼という関係。不信という関係。あるようなないような、そんな関係を得られてもなお、無断で入ろうとする箇所、無断では入れない箇所。そんなところがあるのではないかと、今になって考え始めている。

庭が新しくなったのは、私が高校生のときだから、それ以来、私も無断で通らせてもらっている。
20年以上も前のことだ。
無断でよかったのに、あまり通ってこなかった。
惜しいことをした。
これからは時々無断で通りながら、思うことを書けたらなと思う。

そんな気持ちになったのは、今日、庭の梅の木の予防をしたからかもしれない。
大きなバケツに消毒剤と粘着剤を混ぜ、タンクに移し替える。
タンクを背中に背負って、側面のレバーを上下に動かすと、長いノズルの先から消毒剤が噴霧される。霧がさーっと出てくる。さーっというのがおもしろくて、レバーをすかすか言わせて空気を送る。右手はノズルをもっているので使えず、帽子をかぶった顔が無防備に空中を見上げている。風向きが変わるとあっけなく噴霧される。自分も梅かと思う。

たまに眺めていた庭は、こんなふうに一歩踏み込むと何か言い知れない懐かしさや未知のものにあふれている。ちょっと分け入ったような気分になって、これなら無断で通っても誰にも怒られないのではないかと思う。いやしかし、無断は無断。いつかがっつりと怒られる日もあるのだろう。楽しみでもある。

| 父の庭 | 17:19 | comments(0) | - | pookmark |

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